言いたいこと。
単純。
お金と幸福は代替可能ではなくなってきたよ。
って話。
もともと、代替可能ではないんだけど、日本でやっと最近認知されてきた感がある。
今まで日本は、宗教がないなりに、崇拝先をいろんなものを代わりとして生きてきたよね。それが拝金主義だったりする。
それが薄れてきて、「お金は怖いものなんだぞ。」「お金には気をつけろ」って親とかから言われ続けてきて、今度はお金が恐怖の対象になった。
しかし、実際問題日本の格差が広がってるからお金は必要だし、わりと普及してないから、平気で「金ねえー」だったり「金ほしい」だの言うようになり、いつの間にかお金=幸福みたいになってきたな。
でも、裕福層の人たちはお金が自分たちを幸せにする訳ではないっているのを知っているから、金に対して感情移入しない。だから、安定して裕福層たりうる。
たまに、一代でお金を築いたからって下品な使い方するやついるけどな。(前澤さんとかのことではない。彼は素敵だ...)
じゃ、なぜ今なのか。
なぜ今頃になって金が我々を幸せにしないっていうことに気づく人が出てきたのか?僕たちは金の奴隷ではないって気づけてる人が?
これ、難しくて、明確に答えが出ていないんだけど、とりあえず二つぐらい。
いや、答えばあるんだが、うまく言語化できねえ。
一つは、情報が莫大に入ってくるようになって、金があっても幸せじゃない人が見えるようになってきたこと。
金があれば、気持ちが焦ることもないし、安定した自由な生活が送れると思ってない?
それ、一瞬。
もう一つは、お金の存在が多様化してきて、本質を見つけた人が出てきたこと。お金の多様化とは、暗号通貨・ローカル通貨・電子マネー・ポイントなどなどが金と代替可能であること。
まあ、それに伴って、お金についてわからなくなった人も多い。変化についていけなくて取り残された情弱は、一生お金の奴隷として生きていけ。
そして、お金と代替可能じゃないものも気づいてきたよな。
例えば、生き方。考え方。価値観。感性。
とりあえず、長くなったから最後に。
これから長く生きていかないといけない。人生100年時代のライフスタイルは、何をしないと決めるかということでもある。
やらないことを決めろ。
あと、
そして、旅行がしたいとか、〜が欲しいとか。そんなのは夢じゃない。
夢と使命感が合わさって生まれた目標は驚くほど自分の人生を変えてくれる。それを見つけること。めちゃくちゃ実現不可能って思えるくらいでかいやつ。それだいたいできるから。
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